2007年12月31日

大晦日の猫

 ご無沙汰しております。

 メモ書きを別の場所に書き、ここにはお知らせかある程度まとまった文章を置こうと思っていたら、メモを取るだけで満足してしまったり「ある程度まとまった」というのがどの程度の水準を指すのか自分でわからなくなったりで、どんどんこちらに文章を書くのが難しくなってしまいました。
 ひとはどうも易きに流れますね。いけませんね。

 ところで私は日頃うちの猫を自室には入れず、猫との交流はそれ以外の場所のみで行う習慣です。
 が、本日猫が私の部屋を訪ねてきました。
 珍しいこともあるもの、と試しに抱き上げて膝に乗せてみたら、そのままおとなしくうとうとと眠りはじめました。
 自室で猫が膝に乗るのははじめてのことです。
 これを打っている今も膝の上に猫がいるのです。
 たまにこちらを見上げてごろごろ言ったり、寝返りを打ったりするのです。
 ふかふかで暖かでかわいらしいのです。

 これはとてもよいものです。
 起こすと可哀想なのでPCを触ったり本を読んだりする以外の動きが殆どできなくなりますが、それができれば概ね暇つぶしには困りません。
 既に動けなくなって数時間が経過していますが、なんら問題はありません。猫さえ居ればいくらでも引きこもれます。
 大晦日にして、このように素晴らしい体験ができるとは夢にも思いませんでした。
 猫なりのサービスなのでしょうか、だとすれば嬉しいことです。

 このように素敵なお話、ご報告しないわけにはいきませんと、久々にここに書き込みをするに至りました。
 私は割と幸せな大晦日を過ごしております。

 それでは皆様、よいお年を。
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2006年09月13日

秋の捕捉

 同居中の猫が最近はしきりに膝に乗せて乗せてと主張しだし、さらには一旦乗るとなかなか下りてくれないようになりました。
 よって本日より、季節を本格的な秋と認定。
 猫が膝に乗ってくるのは、涼しさが増してきた顕れです。
 今後来年夏までの期間、膝の上で眠ってしまった猫を起こすに起こせずどかすにどかせず、黙々と撫で撫でしながら苦悩する日が続くことが予想されます。

 もちろん幸せです。
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2006年05月01日

添い寝の代償

 古い友人に会いました。

 小学校の頃からの幼馴染です。
 昔から可愛らしい子であったのが、成長して一段と綺麗になっていて。
 色白な肌に見蕩れつつ、顔色が悪いのが気にかかりました。

 一通り久闊を叙した後、体調について聞いてみます。
「元気にしている?ちゃんと食べて、しっかり眠っている?」
「大丈夫。最近はひとりじゃないし、安心して眠れる」
「あら、誰かが添い寝を?」
「うん、犬」
「犬」

 彼女は犬を飼っています。
 白黒のぶちの中型犬、短い毛並みに細めの体。黒い耳がちょんと折れている様子がなかなかにチャーミング。
 私が遊びに行くと、いつも玄関にいる彼に茶色くまあるい目で見上げられ、ひっきりなしに遊ぼうとせがまれたものです。
 彼とも小学校時代からの付き合いで、いまや結構なおじいさん。
 昔に比べれば毛並みが白っぽくなり、身体もあちこち弱っているのだと聞きました。

「それでね、冬場は外にいると身体が保たないだろうと思って、部屋に入れて一緒に寝ることにしたの」
「ああ、それは幸せそうな光景だね」
「うん、はじめは単に寒そうだからと思って一緒に寝だしたんだけれど、こうやって抱えて犬の背中をくんくんしながら寝るとすごく落ち着くし、ほこほこした気持ちになるの。そろそろ暖かくなってきたから、外に出してもいいんだろうけれど……なかなかそんな気分になれなくて」

 そう話す彼女はほんとうに幸せそうで、聞いていて微笑ましい気持ちになりました。
「それはいいね。それじゃあよく眠れるでしょう」
「そう、精神的にはすごくいいんだけれど」
「けれど?」
「私、動物アレルギーなんだよね」

 顔色が優れない原因が判明しました。

 しかしアレルギーで齎される体調の不良を差し引いても、好きな犬と一緒に眠る幸福は余りある様子で。
 彼女が幸せそうなので、ならまあそれはそれでいいかと思いました。
 あるいは、これもひとつの愛情の形なのでしょう。

 彼女と彼女の犬が愛情ゆえに主観的な幸福を得ているならば、私がそれに言うべきことなどありません。
 ひとごととして、健康を祈ったり面白がったりしていきたい所存です。

 あの子ができるだけ元気で、なおかつ幸福でありますように。
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2006年03月29日

よその子

 友人が仔猫と同居を始めたそうです。

 メールでその旨を知らされた私は、その子の家に遊びに行きたくてなりません。
 しかし先方も忙しい身、なかなかご挨拶に伺えずにおりました。

 そんな折、共通の知人に会いまして。
 聞けば最近その子の家に行ってきたとのこと。
 うらやましくて、ついつい色々聞いてしまいました。

「行ってきたんだ!で、どうだった?」
「どうだった、とは?」
「猫!」
「ああ、猫。いたよ」
「どんな猫?どんな猫?」
「どんなって……動いていたよ」
「動いていたの!どう動くの!?どんな動き!?」
「ええと、すごく動いていたよ」
「すごく動くんだ!だっこは!?だっこはさせてもらった!?」
「ううん、抱っこよりもおもちゃで遊ぶほうが好きなようだった。こう、じゃれついて跳ねていた」
「活発なんだ!」
「うん、よく跳ねていた」
「毛並みは!?」
「茶色かったかなあ」
「茶色いの!ふわふわ!?かわいいの!?ちいさいの!?」
「このくらい(手で示す)」
「ああ、可愛い盛りだ!ほかには!?ほかには!?」
「ほかにはって……動いていたよ」
「動くんだ!」
「うん、かなり動いていた」
「いいなあ!早く見に行かないと!」
「はあ」
「ヾ(*゚∀゚)ノシ ちいさいうちに、いや、毎月通って成長過程を見守らないと!ねえ、次に会うことがあったらよろしく伝えておいてね!」
「……はあ (・д・ )」

 はしゃぎすぎました。
 こうして会話を振り返ってみると、ばかみたいですね。
 元来、小動物を前にきゃあきゃあ歓声を上げるようなありかたは、私の憎んでやまぬところであったのですが。

 すこし慎みましょう。
 大人らしく、仔猫に対して冷静な振る舞いを心がけましょう。
 とりあえず先方の迷惑を考慮の上、毎月通う計画を立てるのはやめましょう。

 それにしても、うちの猫とは毎日のように遊んでいるというのに、さらによそにも猫を求めてしまうとは。
 猫好きとは、なんと業の深い生き物なのでしょうか。

 ともあれ該当の方、近々遊びにいきたいです。よろしくお願いします。
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2006年02月24日

不吉の化身

 先日、職場の昇格試験を受けてきました。

 ひとみしりで上がり症で卑屈に生きていきたい性分の私にとって、面接というのは拷問そのもの。
 どうにか試験を終えて、這々の体で建物を出たところで知らない猫さんに出会いました。

 つやつやとした漆黒の毛並み、ほっそりとした身体。整った顔立ちの中、琥珀色に透き通る瞳。すらりと長い尻尾を見せ付けるようにぴんと立て、しなやかな足取りでこちらに向かってきます。
 なんてきれいなのでしょう。
 少し撫でさせてもらえないかと思い、しゃがんで相手の様子を窺ってみました。
 すると猫さんはそのまま近寄ってきて、しゃがんだ膝の上にちょこんと前足を置きました。

「え?そんな、初対面なのに大胆な」
「みゃん」
 戸惑っていると、そのまま膝によじのぼってこようとします。
「あ、待って!お気持ちは大変嬉しいのですが姿勢を整えたいのでちょっと待って!」
「みゃおん?」

 慌てて近くの段になった部分に腰掛け、太腿が地面に対して並行になるように座ります。
「はい、どうぞ」
 言って膝を示すと、するりとその上に飛び乗ってきました。
 撫でてみれば嫌がる様子もなく、目を細めてごろごろと気持ち良さそうに喉を鳴らします。
 そのかわいらしいことといったら。

 黒猫さんを膝の上に乗せ、うっとりとその暖かさと幸せを噛み締めていると。
 どこからともなくまだ幼げな面影の残るキジ猫さんが現れ、傍に寄ってきました。
 警戒しているのか、少し距離を置いた場所に座ります。膝の上は黒猫さんで埋まっているので、そうっと手を伸ばしてなでなで。
 そうこうしていると、今度はふっくらと太った金色の猫さんが出現。
 こちらは臆することなく私の足元に寄ってきて、ふくらはぎに身体を擦りつけてきました。こちらもなでなで。

 気付けば私の周りは猫だらけになっていました。
 時折猫同士で何か意思疎通をするようなそぶりを見せつつ、こちらにくまなく擦り寄ってきます。
 それは全くこの上なくどうしようもなく幸せな状況で。

「うわあ、どうしたのあなたたち!嬉しいけれど!」
「みゃあう」
「私はいまだかつて、こんなに猫にもてたことはないよ!なにこれ!夢かな!?」
「みゃーあん」
「あ、はい、ちゃんと撫でます!」
「なーお」
「はい、そちらもですね、承りました!」

 などとやっていたところに甲高い鳴き声が響いて、猫さんたちが一斉に身を固くしました。
「ん、何?」
 続いてばさばさという羽音、黒い影。
 周りを見回すと、やたらと鴉が飛んでいます。地面をうろうろする鴉もいつのまにか結構な数に。
「あらあらあら、千客万来」
「みゃみゃっ、みゃみゃみゃっ」
「ああ、うん、怖くない怖くない。大丈夫大丈夫」

 よくよく観察すれば近くにごみ箱があって、どうもそこに鴉が集まっている模様。
 おそらく猫が集まってきているのも、鴉の集団から身を守るという理由があってのことなのでしょう。
 なんとなく合点がいきました。

 理由はともあれ、猫だらけの現状が嬉しいことに変わりはありません。
 幸せを噛み締めながら黒猫さんを撫で撫でしていると、目の前の建物からぞろぞろとひとが出てきました。
 私が受けた次の時間帯に行われた試験が終わったようです。

 でれでれしている所を見られるのは気恥ずかしいので目を伏せていたのですが、どうも出てきた方からの視線が気になります。
 こちらを見るなり一様に皆さん顔をこわばらせ、慌てて目を逸らして去っていかれるような気がするのです。
 どうしてかしら、皆さん猫はお嫌いなのかしらと考え、はたと気付きました。

 膝に乗せているのは黒猫。
 周りをやたらと飛ぶ鴉。
 加えて私は貞子似の、若干陰気な外見。服装はスーツの上に黒いコート。
 これは相当、不吉な情景です。

 しかも建物から出てくる方は皆さん就職試験なり昇格試験なりを受けてこられたばかりの受験生。
 縁起を担ぐ精神があれば、できることなら私の姿は見なかったことにしたい部類のものかもしれません。
 気付かなかったとはいえ、悪いことをしてしまいました。

 でもそのような理由で猫さんとともにある幸せを手放す気には到底なれませんでしたので、結局二時間弱程猫さんたちと遊んでからその場を離れた次第です。
 黒猫さんが膝を降りた隙に、断腸の思いでその場を去りました。もし彼女が膝を降りてくれなければ、その愛らしさに負けて今でも私はあの場所にいたかもしれません。おそろしいことです。

 ちなみに、試験にはどうにか合格しました。
 相変わらず流浪の立場には変わりありませんが、なんとか一年分の働き口を確保することには成功した次第です。
 黒猫や鴉と触れ合ったことで不運が訪れることはありませんでした。
 やはり黒猫・鴉は別段不吉な生き物ではないのです。殊更に忌むことはないのです。

 それとも単に黒猫よりも鴉よりも私のほうが禍々しい生き物であったために、特に不吉な条件が加算されることはなかったということなのでしょうか。
 しかしそれはあまりに悲しい仮定。

 ここは私の精神の健康のためにも、科学万能の時代において旧弊な迷信は無力であるという説を結論として文を締めたいと思います。
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2006年02月22日

猫のお手

 猫の日なので猫の話を。

 「猫さんに『お手』を教える方法」
 上の記事を読み、同居中の猫にも教えてみたくなりました。
 ごはんの時間に早速実践。

 部屋に入るなり猫が駆け寄ってきました。
「にゃあ」
「ああ、おなかがすいたのね」
 これは丁度いいと思い、少し餌を持ってきてみました。
 記事にあった通り、餌を手に乗せて匂いをかがせてみます。
「はい」
「にゃにゃ」
 目をまっくろにして喜ぶ猫。
 食べようとするのを制して、餌を一旦引っ込めると

「にゃあー?」
 なぜそんなひどいことをするの?という顔をされました。
「いや、今日はちょっとその、お手をね」
「にゃあーん?うにゃあーん?」
 太腿に前足をかけて、悲しげにこちらを見上げてきます。
「あの、ほら、あなたもそろそろ一つくらい技能を身につけておいたほうがいいと思うの」
「んにゃあーん」
「うん、可愛い。でもね、可愛いだけで食べていけるほど世の中は甘くないらしいし」
「んにゃあ、にゃあー」
「だから、その……」
「にゃあーん」
「………」

 まっくろのきらきら光る目でこちらを見上げ、懸命におなかがすいたと主張する猫。
 そのあまりに愛らしい様子に屈服して、結局餌をあげてしまいました。

「いいや、お食べなさい」
「にゃにゃあ」
「うん、可愛いからもうなんでもいいや。生涯を可愛さという技能だけで生き延びていくといいわ」
 はくはくと餌を食べる猫を見て、なんとも幸せな気持ちになりました。
 どうやら自分は調教師には不向きのようです。

 ちなみにお手の教育は「ちょっとお腹のすいた状態」のときを見計らって行うのが重要、とのこと。今回の敗因は猫が「すごくおなかのすいた状態」だったことにあったのかもしれません。
 しかしながら日中は家を空けているため、帰宅する頃には既にねこはらぺこ。
 「ちょっとお腹のすいた状態」の猫と遊ぶのは中々難しそうです。諦めるよりないのでしょうか。
 むう、と悩みながらふと振り返ると。

 家族がとても心配そうな顔でこちらを見ていました。
 どうやら、凄い勢いで独り言を言っていると思われた模様。

 動物に話しかけるのはほどほどにしましょう。
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2005年11月18日

冬のライバル

 朝夕は随分と冷え込む今日この頃。
 寒さの影響を受け、猫が頻繁に膝の上に乗ってくるようになりました。

 朝起きて身支度をして朝食を摂ろうと食卓に行くと、駆け寄ってきて脚に前足をかけ、許可を出すとぴょんと膝の上に乗ります。撫でるとうっとり目を細め、くにゃりと身体を弛緩させます。
 その愛くるしいこと。
 何かの拍子に爪がひっかかるのが怖いので、ストッキングや柔らかな素材のスカートを着用することはできません。いきおい最近職場には専ら丈夫な生地のパンツを履いていくことになってしまっていますが、そんなことはこのかわいらしさの前ではまったくどうでもいいことです。
 かわいいものを蔑ろにして、いったいいかなる幸せが得られるというのでしょう。

 ところが今朝は、起きたらいつも駆け寄ってくる筈の猫の姿が見えません。
 どうしたのかしらと心配になって、あちこち探してみたところ。

 隣室のこたつの中で丸くなっていました。

 おかげでいつになくスムーズに朝食を摂り、猫にかまけて遅刻しかけることもなく、当然膝から下ろすときに逡巡することも別れを惜しむこともなく、実に素早く職場に向かうことができました。
 それはもちろんいいことなのですが、胸に沁み入る寂寥感。
 私よりこたつの方がいいというのですか、猫。

 確かに私にはこたつほどの包容力はありません。
 愛情と撫で撫でという点においてはいささかもこたつに劣るものではないという自信があるのですが、しかし猫が現在最も重要視している要素はおそらく暖かさ。
 遠赤外線を出せない自分がこたつに勝つことはできないのでしょうか。

 こたつに対するライバル意識が芽生えました。

 でも先程猫と一緒にこたつに入ってその包容力、暖かさ、柔らかさなどを再認識。
 気持ち良かったのでこたつと和解。
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2005年09月22日

旅先での浮気

 連休を利用し、ちょっとした旅行に出てきました。
 旅先での出会いのお話。

 とあるお寺に立ち寄った際、門の前でうろうろしている仔猫を見つけたのです。部分的に縞模様の入った風変わりな三毛で、肉球や口元に黒い斑。頭は私の拳より小さく身体は細く、尻尾ばかりがふわふわと太い、雑種ならではの奇妙な美しさを持った猫でした。
 しゃがんでみると擦り寄ってきて、撫でれば嬉しげにみゃあんと啼きます。
 座ってなでなでしていると、膝の上にちょこんと寝そべりました。
 動けません。

 折角なのでそのままそこでお弁当を食べることにしました。お寺の門前ということで観光客からの視線が痛い位置ではありますが、猫の魅力の前では些細なことです。
 観光地で愛想の良い猫、ということで、これはてっきり餌目当てなのかなあとも思っていたのですが、私のお弁当に興味を示すこともなく(もしかしたらドーナツは好きでなかったのかもしれません)、行儀よく膝の上に座っています。
 その野良らしからぬ品の良さに、すっかり魅了されてしまいました。

 だけれどあまりに痩せているのが気になります。
 加えて目やにで幾分顔も汚れているところを見ると、何かの病気を患っているのかもしれません。
 話しかけてみました。
「ちゃんとごはん、食べてる?」
「みゃあ」
「消化器系統は大丈夫なのかなあ……」

 お医者さんに連れて行こうと思えば、一度この猫を家に連れ帰る必要があります。
 しかしここは旅先。家からはあまりに遠く、帰るには長い時間電車に乗らねばなりません。
 そして連れ帰ってしまえば、二度とこの猫はこの地に戻れないでしょう。
「うーん、うちにはもう一匹猫がいるし、君にとって電車の長旅はきっと辛いものになるだろうなあ」
「みゃあう」
「だけれど、それでもよければ一緒に暮らさない?」
「んみゃあ」
「あまり贅沢はさせてあげられないけれど、君が健康な生涯を送れるよう微力を尽くすよ。ここにいるよりも自由は減ってしまうけれど、どうだろう」
 真剣に口説いてみました。
 猫はこちらの考えなど知らぬげに、ごろごろと喉を鳴らしています。
 その愛くるしさにすっかり心奪われ、本気でこの猫さんを連れて帰ろうかと悩みだした矢先。

「わんわんわん」
 観光客の連れていた仔犬が猫に飛びかかりました。
 驚いた猫さんは脱兎のごとく逃げ出して、瞬く間にその姿が見えなくなります。
「あー!すみません!」
「あ、いえ、仕方ないですから」
 しきりに謝る飼い主の方に話し掛けつつ、逃げる後ろ姿を目で追ってみたのですが時すでに遅く、それが猫さんとのお別れとなってしまいました。
 まあ、現実的に考えてその地で生活している仔猫を持ち帰るというのはやはり無謀な事なので、名残を惜しむ間もなくお別れできたのはある意味よいことだったのかもしれないのですが、それでも少し残念でした。

 で、無事旅行から帰ってきた私を出迎えてくれたのはうちの猫。
「ただいま」
「うにゃにゃにゃ」
「ああ、噛まないで噛まないで。留守中は元気にしてた?」
「ふるる、にゃにゃにゃあ」
「うん、元気だね。でも痛いから蹴らないで蹴らないで」
 これまでにも遊んで欲しい気分の時に甘噛みや前足、後ろ足による打撃を加えてくることはあったのですが、出迎えの際のうちの猫はいつにもまして積極的で。
 留守中が寂しかったため、甘えていたのでしょうか。
 それとも他所の猫の匂いに反応しての行動だったのでしょうか。

 いずれにせよあまりにも噛まれたので、浮気を咎められているようで少しだけうしろめたい気持ちになりました。
 他所の猫と遊ぶのも猫好きの甲斐性と諦めて戴きたいところなのですが、いかんせん相手は猫です。果たして理屈が通るものかどうか。
posted by にくす at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月20日

猫の獲物

 うちの猫が狩りを覚えました。
 夜中になれば獲物を求めて室内をぱたぱた走り回っております。

 で、昨夜のこと。
 窓の外にある何かに飛びかかるように高く大きく跳ね上がり、見事に網戸を破りました。
 あらあら仕方ないなあと思いつつ用を成さなくなった網戸をどけてガラス戸を閉め、足元を見下ろすとそこにはなおも外を凝視する猫の姿。
 一体何を狙っているのかと、その視線を追って窓の外を眺めてみました。

「……もしかして、あれを獲ろうとしたの?」
「うるるるるる」

 視線の先にはきらきらと輝く小望月。
 昨日はほんとうに月の綺麗な夜でした。

 今夜は満月です。
posted by にくす at 16:35| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月10日

肌のやわらかさ

 先日、奈良に行ってきました。
 ここの鹿とは仲良くなれないと思いました。
 固かったからです。

 ここでうちの猫の話を。
 うちの猫と私は育てられた生き物と育てた生き物として出会って以降、現在に至るまで友好的な関係を維持しております。
 その猫を撫でますと、向こうからも撫でられたい部分を手に摺り寄せてきます。触れた部分から猫のからだが撓み、しなり、やわらかく変化するのを感じ取りながら、より好ましい撫で方を追求していくわけです。撫でられたくない気分の時は触れた部分がするりと退くので、その場合は深追いせずに相手の気分を見ておもちゃで遊ぶ、毛繕いなどの行動に切り替えるとか、あるいは構わずゆっくり寝かせてあげるとかの配慮をすることになります。

 他所の猫に挨拶する際も、撫でてよい猫は「どのくらいの力で」「どの部位を」撫でられたいのか、からだを使って雄弁に伝えてくれます。人語を解さぬ動物を相手とし、触れることのうちにある種の意思疎通を見出していく作業は感動的ですらあります。
 撫でてはいけない猫の場合、触れさせてすらくれません。

 人間に触れたときにも同じような現象は起こります。
 触れたときのからだの感触は、相手の様々な感情を饒舌に伝えてくれます。弛緩しているか緊張しているか。その固さは遠慮なのか緊張なのか拒絶なのか。
 触れているうちにからだがゆるんでくる相手もいれば、触れた部分から弾くような拒絶の意思を伝えてくる相手もいます。後者にうっかり触れてしまった場合は気まずいものです。酔って凭れかかった相手が後者だったりすると、一瞬で酔いが醒めます。大変です。

 皮膚からからだに伝わるものは、時としてことば以上に多くのことを語ります。

 で、鹿の話に戻しますと。
 鹿が寄って来るので、わあい草食獣草食獣と喜んで触れたり撫でたりしてみたのですが、彼らはてんで無反応でした。一様にからだが固いのです。そして接触に関心を示しません。寄って来るには来るものの、それはあくまで餌目当て。お煎餅をくれる相手か否かという観点でのみ人間を判別しているご様子。媚びを売ることもなくただただ寄ってきてはお煎餅を求め、餌が尽きたとみるや去っていきます。
 その職業意識には頭が下がりますが、全く情緒的な交流を持てる自信がありません。親しい関係性を築ける気がしません。大勢いる鹿の中から、自分にとって特別な鹿を見出せるようには思えません。
 彼らがお煎餅以外の観点から私を見てくれる日が来るとも思えません。鹿にたいしてアピール可能な私の魅力を思い付きません。

 なまじ触れられるからこそ、却って遠く感じられる存在もあるのだと思いました。
posted by にくす at 22:09| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月19日

猫なりの気遣い

 足を傷だらけにして帰った日のこと。

 帰るなり、飼い猫が心配したように駆け寄ってきて、傷だらけの足に顔を寄せ、ぺろぺろと舐めてくれました。
 その眺めはいかにも心暖まるものだったのですが。

 猫は本来、肉食獣です。
 ざらざらとした舌は、獲物の肉を柔らかくして骨から削ぎ取るために発達したものだといいます。
 それが傷口を舐めてくれるのですから、もう痛いの痛くないの。

 しかし心配げにぺろぺろと傷口を舐め、時折こちらを見上げる様子ときたらもう可愛いの可愛くないの。
 とてもではないけれど、引き剥がせるような気持ちにはなれません。
 しかし足元は激痛。でも心情は愛おしさでいっぱい。

 天国と地獄を同時に味わう心地でした。
posted by にくす at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月08日

仔犬の舌

 友人が仔犬を飼いはじめたとの報せを受け、遊びに行きました。

 それはそれは愛らしいわんわんでした。
 生後もうじき2ヶ月、両手に少し余るくらいの大きさで、毛並みはふわふわ。ミルクティーとビターチョコが混じったような色の毛は、産毛がまだ生え変わっていない状態とのこと。
 折れたお耳はふにふにで、真っ黒な目で見つめられるとなんともいえない気持ちになります。

 遊んでほしい盛りのようで、会話などしていると駆け寄ってきてさんざ纏わりつき、撫でてやれば大喜び。
 伸ばした手を舐め回し甘噛みし、駆けずり回り大はしゃぎの末、一定時間が過ぎれば電池が切れたように倒れ伏しくうくうと寝入ります。

 その日は泊まっていくことに。
 一通り遊んだ後に友人と話し込み、床についたのは明け方近くとなりました。
 友人は机の上に設置された高い位置にあるベッドに、私は床に敷いた布団に、それぞれ横になります。

 朝になりました。
 はっはっと生暖かい息が顔にかかるので、何かしらと思って目を開けると、どこからか入り込んできた仔犬がとても遊んで欲しそうな目をしながら私の顔の上に。
「あ、おはよう」
「わん」
「うん、もう少し寝かせてくれないかな」
「わんわんわん」
 布団にもぐりこもうとすると、顔をぺろぺろと舐めてきます。
「ああ、うん、気持ちはわかったから、その」
「わんわんわんわん」
「あのね、できればってあああ!ちょっ!耳は舐めないで耳は!」
「わふわふ、わんわんわん」
「いやあああ!噛まないで噛まないで!甘噛まないで!」

 わいわいやっていますと、いつのまにか友人が起きてこちらを見下ろしています。
 助けを求めてそちらを見上げてみたところ、

 にっこり笑って、というかにやりと笑って、そのままベッドに戻る友人。
 少し間を置いて聞こえてくる寝息。

 二度寝されました。

 まあ、薄情な人は決して嫌いではありません。
 この子のこういう所は結構好きなのですが、しかし目前の問題として今まさに私の顔の上には仔犬がいて、凄い勢いでこちらの顔を舐めているという現状が。

「わふわふわふ」
「ああっ!なんか仔犬独特の匂いが胸いっぱいに!口はやめて口は!」
 引き剥がそうにも、目を開ければ愛くるしい瞳がこちらを覗き込んでいて、とても不用意に手を掛けられません。
 遊んで欲しいという期待に満ち溢れた瞳。
 私はかわいいものに弱いのです。それはもう遺伝子レベルで組み込まれた命令が存在するかのように、かわいいものには絶対服従の姿勢なのです。
「わんわんわんわんわん」
「頼むから、もう、かわいいから、かわいいのはわかったからもう勘弁してください、あああああ!」

 なんとか抱き上げて別の部屋に連れて行っても、しばらくするとどこからか戻ってきて隙間から入り込みぺろぺろかみかみの繰り返し。
 三回ほど仔犬フェイスハガーの餌食になったところで、屈服。寝るのを諦めてしばしわんわんと戯れました。
 早起きするのはいいことです。

 その後、家に帰りますと。
 2日に亘って家を空けていたために、飼い猫がこちらに飛びついてきました。
「にゃあああん」
「うん、ただいま」
 さあ撫でなさい、というようにこちらに擦り寄ってきたので、少しなでなで。
 5分もすると他のものに興味が移ったようで、するりと私の傍を離れていきました。
 その淡白な後姿に思わずぽつり。

「犬も可愛いけれど、今の私には君くらいの懐き方が丁度いい気がするよ」
「んにゃあ」

 適切な距離感というのは難しい問題です。
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2005年04月26日

猫の言葉

 私のちょっとした特技の一つに、「偽千里眼」があります。
 例えば、相手が立ち上がると同時に鋏を差し出すような、そんな些細な読心術。
「はい」
「あ、え?なんで鋏を取ろうと思ったことがわかったの?」
「なんとなく」
 もちろん読心術などではなく、ちゃんと裏付けがあっての行動です。
(机の上に昨日の日付の新聞。妹は最近毎日新聞記事をスクラップしている。それも家族が読み終わるのを見計らって、夜中か次の日に切抜きを行っている。古い新聞をわざわざ開いているということは切抜きを行おうとしている可能性が高い→鋏が必要)
 無意識に細かい観察を行う性質なので、偶に言動がそんな感じになるのです。

 それはそれとして。
 私は猫を膝に乗せてくつろぐのが好きなのですが、衛生面に神経質な父はあまりいい顔をしてくれません。仕事から帰ってお茶を飲みながら猫を撫でていると、猫の抜け毛が気になる様子でこちらを見ているので、父の気散じにとちょっとした悪戯を思いつきました。
 猫の瞳をじっと見て、おもむろに
「へえ、今日のお昼はお客さんが来たんだね」
(花の活け方がいつもより荒く、母の好みの花ではない→貰い物の花をさしあたり花瓶に移したとみえる→花を持ったお客さんが来た)
「ん?ああ」
「にぎやかだったみたいね。そうか、お化粧の匂いでびっくりしたかな」
(食器棚の食器が少し動いていた→多人数用の来客用食器を出した→家に複数の客人を招いた。にぎやか)
(花を持ったお客さん→女性、おそらくは母の知り合い→化粧はしているはず。もしかしたら香水も)
 少し驚いた様子の両親をよそに、私は尚も猫に語りかけます。
「ああ、それで今日はいつもの部屋から出されちゃって退屈だったんだね。よしよし」

 種明かしをしてしまえばなんのことはない会話なのですが、日中私は仕事に行っていて家の中の様子を知る術はないはずなわけで。
「知るはずのない事実」を、あたかも猫から聞いたかのように語って振舞ってみせれば、それは「少し不思議な出来事」としても作用するわけで。
 さらに意思疎通が可能な猫であると錯覚させるに至れば、抜け毛くらいのことはあまり気にならなくなったりしないかなあと思ったのですが。

 しかしながら私の言動がおかしいのは日常のことですので、猫から今日の出来事を聞きだすくらいのことでは家族を仰天させるに至りませんでした。残念。
 ともあれこれからも家庭内の「少し不思議係」として頑張っていきたい所存です。
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2005年03月10日

猫の生涯

 ニ、三日前から、飼い猫の元気がありませんでした。
 遊びまわることもなくぐったりとして、食欲もなく部屋の隅で香箱を作っています。
 どうしたのかなあと様子を見ていますと、今朝方咳き込んで何やら吐き出しました。慌てて駆け寄り、吐瀉物を見てみますとその中に変なものが。やきそば?
 よくよく見ると輪ゴムの束でした。
 正確には輪ゴム一本、髪を束ねるためのゴム二本、計三本。

 そりゃあ具合も悪くなるでしょうて。

 で、それらを吐き出してしまった途端猫回復。猫大はしゃぎ。
 ここニ、三日の分を取り戻すかのように家の中を縦横無尽に駆けずり回り、壁に激突し物を引っ繰り返し自分の引き起こした大音響に怯えて逃げ出した先でまた物を引っ繰り返し、と傍らに人無きが如しの大活躍。
 元気になってくれたのは嬉しいのですが、あまりのはしゃぎように飼い主としては少し心配になってしまいました。

 放っておいたらまた調子に乗っておかしなものを食べたりするのではないでしょうか。
 そしてまた具合を悪くして数日寝込んだりするのではないでしょうか。
 さらに数日後、異物を吐き出すや否や元気を回復しはしゃぎすぎてまた変なものを食べて具合を悪くして数日後それを吐き出すや否や元気を回復しはしゃぎすぎての悪循環に陥りつつ生涯を終えたりしてしまうのではないでしょうか。

 可能性としては充分にありうる話のような気がします。
 なぜならばうちの猫はおばかさんなのです。それもかなり。下手すれば命に関わるほどに。

 ペットは飼い主に似るというのは本当なのだなあと思いました。
 
posted by にくす at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月20日

猫の髭

 飼い猫の髭が焦げていました。

 左側の髭だけがくるくるにカールしていてなんだかとても愉快な格好になっていたので、こは如何なることかと家族に事情を聞いたところ、
「染織をやっていたら鍋の火に興味を示し、近付きすぎてこうなった」
 とのことでした。

 うちの猫は馬鹿なのでしょうか。
posted by にくす at 16:38| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月17日

猫の避妊手術

 昨日、飼い猫が家族に連れられて避妊手術に行ってきました。

 同時刻、私は外出先で原因不明の目眩と吐き気に襲われていました。

 手術を終えた猫は、傷口を舐めないようにとガーゼでぐるぐる巻きにされて帰ってきました。そのまま炬燵で一眠り。

 帰ってからも目眩がおさまらない私は、着替えをして寝室に行くのも侭ならぬ状態故、とりあえず炬燵に入って横になり回復を待つことに。

 そこで猫と遭遇。

 ああそうか今日手術だったんだねえ、満足に労ってもやれぬふがいない飼い主で申し訳ないねえと詫びつつ炬燵で仲良く一眠り。

 生活を共にするうちに互いが似通ってくるというのはよく言われる話ですが、しかし体調を崩すタイミングまで似通う必要はどこにもないものを、それともこの目眩は猫の祟りかなどと思いつつ、懐でくうくうと寝息を立てる猫を見ているとなんだか痛々しい気持ちに。

 無論、室内で猫を飼おうと思えば避妊手術は必要なことですし、手術もせずに室内で猫を飼い続けるほうが猫には可哀想なことなのだと、そのくらいの理屈は解っているのですが。
 しかし飼い主の都合で子供を残せぬ身体にされてしまうというのはいかにも残酷な話のように思えます。

 わが身に照らして考えてみました。
 ある日扶養者の都合で避妊手術を受けたらどんな気持ちになるか。

 別に困らないかなあ、と思ってしまいました。
 どちらかというと自身の生殖機能を煩わしいものと捉えている自分にとって、そういった手術を受けることは寧ろ望むところかもしれない、とも。
 しかしその感想が他者にも適用できるかは甚だ疑問です。

 所詮神ならぬ身、他者の気持ちを正確に推し量ることなど不可能なのです。この猫が可哀想なのかどうかは猫に聞いてみないと解らないなという結論に達しました。
 頭を撫でてやるとごろごろと喉を鳴らすので、少し幸せな気持ちになりました。

 なんであれ私は、この猫と生活を共に出来て嬉しく思っています。
 この猫も、そう思ってくれていればいいのだけれど。
posted by にくす at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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